社会科学専門図書出版 文眞堂(文真堂)

『〈際〉からの探究』

【内容紹介】

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    はじめに

  • 大東和 武司

  • 「 見つめる先は国際社会 、 自由なアプローチで豊かな人間性を培う 」。 広島市立大学国際学部の WEB サイトの最初に掲げている文章である 。 本叢書は 、 国際人の育成を人材育成の目標にしている広島市立大学国際学部また大学院国際学研究科に縁のあるメンバーが 、〈 際 〉 をめぐり 、 それぞれの視座から探究した論考を編んだものである 。
  • これまで刊行された叢書のタイトルをあげれば 、『 現代アジアの変化と連続性 』 (彩流社) 、『 多文化 ・ 共生 ・ グローバル化 』 (ミネルヴァ書房) 、『HIROSHIMA & PEACE』 (渓水社) 、『 日中韓の伝統的価値の位相 』 (渓水社) 、『Japan’s 3/11 Disaster as Seen from Hiroshima:A Multidisciplinary Approach』 (創英社 / 三省堂書店) 、 そして 『 世界の眺めかた 』 (千倉書房)となっている 。「 国際政治 ・ 平和 」、「 公共政策 ・NPO」、「 多文化共生 」、「 言語 ・コミュニケーション 」、「 国際ビジネス 」 の 5 つのプログラム( 5 プロ)から構成され 、 人文科学から社会科学まで幅広い教育課程の広島市立大学国際学部らしくテーマも多様で 、 専門的かつ学際的であろうとしている 。
  • このたびの叢書は 、 学部名称の国際の 「 際 」 に注目し 、 それをキイワードとした 。 それは 、 幅広い学問的背景をもったメンバーから構成されている国際学部の利点を活かし 、「 際 」 について 、 また 「 国際 」 について新たな示唆を得ようとしたものである 。
  • 〈 際 〉 は 、 白川静 『 常用字解 』 (平凡社)によれば 、 もともとは 、 天から降りてくる神と人とが相接するところで 、 神人の際 、「 きわ(接するところ 、 物事の窮つきるところ) 」 をいうようであるが 、 そこは 、 神と人とが 「 であう 」 所であるとともに 、 人が達するところのできる極限の所をも意味するようでもある 。 いわば 、 接点 、 接触面であり 、「 つながるところ 」 でもあり 、「 摩擦を起こすところ 」 でもあるようだ 。 その結果 、 国際 、 交際 、 際限、 際涯 、 際立つ 、 際どい 、 学際などなどと 、 さまざまな用語が生まれている 。
  • 本叢書では 、 科学と政治 、 国内政治と対外関係 、 国内政治と国際政治 、 日本語と英語 、 複数言語 、 観念 ・ 世界観 、 比喩的表現 、 消費と外国製品 、 教育の課題 、 そしてスポーツの根源にかかわって 、10 章にわたって 、 それぞれの 〈 際 〉 が論じられている 。
  • 第 1 章 「 リスク社会のシステム境界―東京電力福島第一原発事故後の言説を事例としての一考察― 」 (湯浅正恵)は 、 ルーマンのシステム論を概観した後 、 福島原発事故以降注目を集めた一人の科学者の言説を事例とし 、 科学と政治の境界に注目しつつ 、 ポスト 3.11 の日本社会におけるルーマンの社会システム論の射程について論じている 。
  • その背景には 、2011 年の福島原発以来 、大事故とその後の危機対応における産学官の癒着をめぐり 、 科学と政治の境界が崩れたとみなされ 、 科学の自律性の回復が叫ばれていることがある 。 また 、他方で 、 近代の帰結としてのリスク社会における科学と政治というような機能分化社会の終焉を唱える声もある 。 私たちが未だ機能分化した近代社会に生きているのか 、 それとも機能分化が揺らいでいるのかを検討するとともに 、 機能の境界性を厳密に維持する社会システム論が現代社会を認識する理論として有効なのかどうかを問うている 。
  • 第 2 章 「 韓国のベトナム戦争の加害責任論と贖罪行動―過去清算と 『 慰安婦 』 問題との関係で― 」 (金栄鎬)は 、 韓国のベトナム参戦における韓国軍によるベトナム民間人虐殺にかかわり 、2000 年前後に起きた加害責任論と贖罪行動をめぐる国内政治と対外関係という二重の 〈 際 〉 について言及し 、 韓国の民主化後の民主主義 、 過去清算と真実和解 、「 慰安婦 」 問題などとの相互関係について考察している 。 この背景には 、 韓国で 、1980 年代末の民主化と冷戦の終結及び 1990 年代の政権交代などを経て 、 植民地支配 ・ 米軍政 ・ 国家分断 ・ 朝鮮戦争 ・ 軍のクーデター ・ 権威主義政治体制などによる数多くの重大な人権侵害の過去を清算し正義を回復する 「 過去事整理 」 (過去清算)と 「 真実和解 」 ( = 移行期正義)が試みられてきたこと 、 また対照的な位置を占める韓国のベトナム参戦 、 その狭間に置かれていることを考察することで示唆を導いている 。
  • 第 3 章 「 国際政治と国内政治が考察する 『 際 』 ―基地の政治学から見た沖縄の米軍基地― 」 (西田竜也)は 、 沖縄の米軍基地問題を国際政治と国内政治が交錯する 〈 際 〉 と捉え 、 この 〈 際 〉 における摩擦が示す現象を明らかにし 、 また摩擦を減少するための政策オプションについても分析している 。 米軍基地の存在は 、 騒音問題 、 環境汚染 、 事故 ・ 事件 、 犯罪など多岐にわたる問題によって 、 周辺住民の生活に直接影響を及ぼし 、 極めて直接的な 「 国内 」 問題を引き起こしているし 、 他方で 、 安全保障政策と密接に関係し 、 日米同盟にかかわる「 国際 」 的な側面を持っている 。 米軍基地問題は 、 国内問題と国際問題が複雑に絡み合う問題である 。 こうした問題意識が背景にある 。
  • 第 4 章 「 英文和訳と英日翻訳における言語的な 『 視点 』 の問題 」 (横山知幸)は 、 日本語と英語が 、 どのような 「 視点 」 からものを見て 、 どのように表現しているのかを議論することで 、 この二つの言語が接する 「 境界面 」 で 、 何が起こるのかを説明している 。 この学問的背景には 、 英文和訳と英日翻訳が英語と日本語の 「 境界面 」 で行われる行為であり 、 この 「 境界面 」 で二つの言語に関わる多くの要素が相互に働きかけ 、 新しい言葉や表現が生み出されることも少なくないし 、 英文和訳や英日翻訳を明確に説明しようとすれば 、 言語学や心理学など多くの学問分野が関わり 、 学際的であるということがある 。
  • 第 5 章 「5 つの言語における 『 味を表す表現 』」 (武藤彩加)は 、 複数の言語を比較 ・ 対照することにより 、「 味を表す表現の普遍性と多様性 」 を探っている 。「 色彩語彙と同じように 、 味覚表現には複数の言語に共通した法則性がある 」 との仮説のもとに 、5 つの言語を対象として 、 言語により多種多様であるとされる 「 味を表す表現 」 において 、 人間の生理学的普遍に基づく普遍性はあるのか 、 それと同時に 、 食文化の違いにより生じるであろう多様性とはどのようなものであるのかについて検証している 。
  • 第 6 章 「 日本における 『 孝 』 の受容と展開について―その読みと意味を中心に― 」 (欒竹民 ・ 施暉)は 、 中国という大陸において創出された 「 孝 」 という観念 、 道徳観が 、 儒教思想とともに 、 時空 〈 際 〉 を超えて夙に東アジア地域に伝播 、 受容 、 展開され 、 今日に至っても依然としてその国々の社会の隅々に根を下ろし生活思想として人々の日常生活の中に生き続けている状況に着目し 、とくに日本における伝達 、 摂取 、 受容 、 そして変容について考察している 。
  • 第 7 章 「 中日の現代小説及びその本翻訳文における共感覚的比喩の対照研究―味覚を表す形容詞を中心に― 」 (劉バイ)は 、 中日の現代小説における五感を表す形容詞の比喩的表現について 、 比較という見地に立脚して 、 その使用実態を記述 、 分析することによって 、 両言語の五感を表す形容詞の全体像を明らかにしようとしている 。 とくに 、 味覚を表す形容詞の共感覚的比喩に焦点をあてて比較することで 、 両国の共通点と相違点を探っている 。 また併せて 、 日中両国の文化的背景の差異に関しての比較研究にもつなげようとしている 。
  • 第 8 章 「 中国消費市場における消費者アニモシティと面子知覚の影響 」 (李玲)は 、 面子知覚という中国本土の概念を消費者アニモシティの分析フレームワークに導入し 、 中国人消費者を対象とする日本製品の購買行動を検証している 。 消費者アニモシティという概念は 、 消費者の態度や行動を規定する感情的規範的側面に着目するものであり 、 他方 、 面子は 、 とりわけ中国人消費者の購買意思に決定的影響を与える鍵概念と位置づけられる 。 両概念によって中国人消費者の日本製品の購買行動に与える影響の解明を狙っている 。
  • 第 9 章 「 アメリカ ・ フィラデルフィア学区における教育改革― 『imagine 2014』 を中心に― 」 (赤星晋作)は 、2002 年のすべての子どもに学力を保証するための包括的な教育法( NCLB 法)施行後 、 全米各州の全公立学校が 「 読解 」 と 「 数学 」 の毎年のテストで評価されるようになり 、 そのテスト得点中心の教育と評価の問題が深刻化してきた状況をふまえ 、 ペンシルベニア州 ・ フィラデルフィア学区で 2009 年 4 月に提出された学校教育改革案を検討することで 、 テスト得点に偏重した教育の課題 、 また日本の現在の学力テスト重視の教育に示唆を得ようとしている 。
  • 第 10 章 「 純粋贈与としてのエンデュランススポーツ 」 (浜田雄介)は 、 トライアスロンやマラソンなど長時間 、 長距離にわたる苦痛を特徴とするエンデュランススポーツの根源を 、 生の極限でかろうじて自分を保ち続け成果や意味を獲得する実践ではなく 、 その 〈 際 〉 を超えてしまうような非合理性 、 つまり自分を破壊し消失させる力の働きに求めようとしている 。 その力の行方を 、 純粋贈与に人間の生の本質を見出そうとしたバタイユ( 1990 ほか)に案内してもらうことで追っている 。
  • 「 グローバリゼーション 」 という言葉が広く使われるようになって 、 早や四半世紀が経つのだろうか 。 グローバリゼーションの進展は 、 国の 〈 際 〉、 実線だった国境を破線化させていく動きでもある 。 モノ 、 カネ 、 そしてヒトの国際的な移動を促進させ 、 政治 、 経済の相互関係 、 相互依存関係を深めていくことでもある 。 人間の活動空間は地球規模になってきているが 、 個々を見れば 、 まだまだ多くの人々はそれぞれの地域で生活をしている 。 それぞれの地域の文化 ・ 慣習などの歴史にそって生活している 。
  • 〈 際 〉 がなくなっていくということは 、「 間 」 がなくなっていくということでもある 。「 間 」 がないということは 、 ややもすると自他を一体化する 、 同一視するということにもつながる 。 掌を接し 、 擦り合わせると熱くなるように 、「 間 」 がなくなると摩擦を生む 。 摩擦熱が高くなると火事にも紛争にもなる 。「 間 」 が抜けるということは 、 時間的間隔 、 空間的間隔をなくし 、 余裕なく 、周りの人間や状態が見えなくなってしまっていることにつながるかもしれない 。
  • 国際社会の相互依存 ・ 補完関係が否応なしに強まっている今日 、 我々が見るべき範囲 、 考えるべき範囲は拡がっている 。 一人ひとりがかかわっている 人間の数もネット上も含めるとかなりにのぼる 。 その結果 、 紛争 、 環境 、 格差などなど 、 国際社会において解決すべき課題や問題が多々生じている 。
  • それに対し 、 相応的なエンジニアリング的対応がなされることも多い 。 サイエンスが原理 、 構造 、 あるいは理想を探求するもので 、 エンジニアリングが現実の問題 ・ 課題への対処 、 解決方法の発見であるとするなら 、「 エンジニアリング化 」 で対応しているといってもいい 。 それは 、 短期的な対処 、 成功事例の模倣 、 妥協の産物ともなりやすく 、 必ずしも長期的な視点での理想や正しい結果をもたらすことにはならないかもしれない 。
  • グローバリゼーションについて 、 ジェフリー ・ ジョーンズ( 2005 )は 、19世紀から 1913 年までを第 1 次 、 その後の反動 ・ 復興期などを経て 、1980 年代から第 2 次が進展してきたという 。 グローバリゼーションにも循環があるのなら 、 今日の状況は反動への入り口 、 途なのであろうか 。
  • 我々の生活空間が ICT (情報通信技術)の進展とも相まって拡がってきた今日 、 目の前の人ひ間とと真摯に深くつきあうだけなく 、 まだ見ぬ多くの人間にも想いを豊かにしなければならなくなっている 。 物理的な離れた遠くの人間とも一緒に呼吸をし 、 自他を一体化せず 、 同一視せず 、 ころあいをはかることが大切になっている 。 ますます丁寧な目配り気配りが求められている 。
  • 本叢書で取り上げた 〈 際 〉 を 、 あらためて捉えなおし 、 考え 、 見つめ直すことが今日求められているように思える 。 それは 、 多様性 、 いわばそれぞれの尊厳を認め尊重し 、 お互いのそれを守りつつ 、 しかもその 〈 際 〉 を越えて 、 お互いをつなげることが求められているということでもある 。 社会 、 国際社会としての進化には 、 お互いの違いを認め 、 活かす 、 この多様性が生みだすイノベーションが必要であろう 。 このイノベーションはさまざまな場で起こるのだろう 。 似たようなものばかりになることなく 、 それぞれが個性や独自性をもつためにも 、 行き過ぎたエンジニアリング化ではなく 、 サイエンスの再認識 、 両者のバランスを考えることが大切になってきている 。 バランスは出会ったもののつながりへの途でもあろう 。 こうした 「 思考 」 に向けて 、〈 際 〉 をキイワードとした本叢書が読者のみなさま一人ひとりのきっかけとなれば幸いである 。

  • 引用・参考文献
  • 大東和武司 「『 人間 』 について想う 」『 世界経済評論 IMPACT』 世界経済研究協会 、2012 年 9 月 17 日
  • 大東和武司 「 考えなければならない時代 」『 世界経済評論 IMPACT』 世界経済研究協会 、2013 年 4 月 8 日
  • 大東和武司 「 異化のエネルギーを活用する経営姿勢 」『 世界経済評論 IMPACT』 世界経済研究協会 、2013 年 10 月 14 日
  • 大東和武司 「 雑感 : グローバル化のなかのマインドの趨勢変化 」『世界経済評論 IMPACT』 国際投資貿易研究所 、2016 年 2 月 29 日
  • 大東和武司 「『 対話 』 の涵養 : ベルリンの学会から想う 」『 世界経済評論 IMPACT』 国際投資貿易研究所 、2016 年 6 月 20 日
  • 大東和武司 「 いくつかの資本主義をめぐって 」『 世界経済評論 IMPACT』 国際投資貿易研究所 、2016年 11 月 7 日
  • 以上 、 広島県大学共同リポジトリ(広島市立大学)掲載
  • http://harp.lib.hiroshima - u.ac.jp/hiroshima - cu/list/creators/