社会科学専門図書出版 文眞堂(文真堂)

『ドラッカー』

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はしがき

没して一〇年―。ようやくにしてドラッカーを研究面で取り扱う時期が到来したように思われる。世の中の関心も高まりつつあり、今日ではマネジメントという枠を超えて広く世界観の変化の書き手としても認知されるようになった。ドラッカーの可能性はいまだ未来にある。未来について尽きせぬ希望と想像の源泉を与えるものとしてドラッカーは新たな相貌を表しつつある。

二〇〇九年、岩崎夏海氏の『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(ダイヤモンド社)が世に出てから、ドラッカーの適用範囲はビジネスの壁を乗り越え、世界にとっての一つの共通言語となったかに見える。

課題となるのは論じられた個々のトピックもさることながら、彼の意図したものの全体像についての見取り図を描くことであろう。そのような見方はドラッカー研究の本流を形成するまでにはいたらなかった。ようやく近年において、ドラッカーの言説をその人・思想・実践の総合において捉える動きが見られるのは、ドラッカーの「再発見」あるいは、ドラッカーの「発明」と言っていいようにさえ思われる。そこには経営学のみならず新たな知的鉱脈の所在を暗示するものが確かにある。

現実にこれまでの研究対象としてのドラッカーの定義はマネジメント学者であった。思想は逸脱と見られるか、あるいはほぼ顧慮を払われなかった。だが、何が本質で何が逸脱かを判断するのは、あくまでも研究のパースペクティヴ、あるいは社会の価値観が決定することである。少なくとも現在の思潮を考えるならば、もはやドラッカーをマネジメントに幽閉することは許されないだろう。

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