
21世紀に甦る「関係性」と「プロセス」の社会思想
本書は、先駆的でユニークなマネジメント論者、メアリー・パーカー・フォレット(1868~1933)に関する貴重な研究書である。
フォレットに関しては、エッセンスとなる論文を選んで編集したP・グラハム編、三戸公・坂井正廣監訳『M・P・フォレット:管理の予言者』文眞堂(1999)がある。この本に収録されたフォレットの各論文には、現代の錚々たるマネジメント論者がコメントを寄せている。とくにドラッカーは、フォレットを「管理の予言者」と呼び、時代を先駆けていたがゆえに半ば埋もれた思想家であったと評価している。わが国においては、藻利重隆をはじめとして、三戸公、榎本世彦などが取り上げているが、その余りにも「動態的」な捉えがたい理論的性格のためか、一般にはそれほど知られてはいない。
三井泉氏の本書は、そうした「フォレットの業績全体に触れ、その理論化へ向けた試み」として、フォレット理論を「社会的ネットワーキング論」の一つの源流と考えるという独特の視座を設定している。つまり、「情報ネットワークの進展や非営利組織への注目など、今日のフラットで柔構造の組織への関心の高まりの中で、その先駆的業績としてフォレットが国内外で再度注目されてきている」と考えるからである。
本書は、問題意識の提示を含む「第1章序論」にはじまり、「第2章フォレットの生涯とその時代」、そして「第3章フォレットの思想的基盤」および「第4章フォレット理論の方法と主要概念」が分析され、「第5章フォレットの組織論・管理論」が描かれている。「第6章結論と展望」では、「フォレット理論の現代的意義」とその「限界―20世紀の波のなかで―」、および「21世紀とフォレット思想」が論及されて結ばれている。さらに「補章」として、専門職業化としてのマネジメントを論じた「‘managerialism’の形成とマネジメント思想」が付されている。
フォレットの理論的背景はともかくとして、まずは彼女のマネジメント論を知りたいという読者は、第2章までを読んだ後に、あるいは直接に第5章の「フォレットの組織論・管理論」を読まれるといいかもしれない。ここで三井氏はフォレットの組織論を行動・経験・機能・責任の交織(inter-weaving)の理論、すなわちネットワーキング論として描き出している。「行動の交織」というのは環境に制約された人々の欲求に基づく活動や相互作用が、対立や葛藤(conflict)を引き起こすとともに統合(integration)されて、継続的に新たな状況を切り開いていくということであり、それは同時に過去から未来へと個人と集団のアイデンティティが受け継がれていく「経験の交織」でもあり、さらには広い社会の中での主体的な役割遂行という「機能の交織」ともなっているのである。こうして、人々は社会的行動・経験・機能の交織に伴う責任の累積的・動態的交織関係の中にいるのである。このことから出てくるフォレットの管理論は、自己統制の理論となる。組織の統制あるいは調整は上司の命令によるのではなく、参加者各自が事実に基づく「状況の法則」を見出し、それに従った適宜な統制を自ら行うことを要請するのである。まさに動態的な自己調整体であるネットワーキング、あるいは蜘蛛の巣状のウェッブであるということができよう。
最後に三井氏は「フォレット理論の限界」として、ドラッカー理論との対比において、コミュニティの論理とは異なるものとしての官僚制的な「組織の論理」への論及がなかったことが「牧歌的」な印象を与え、ドラッカーのような社会的影響力をもちえなかったのだろうとしている。しかし21世紀の今日、情報化されたグローバルなネットワーク社会において、人々は再び新たなコミュニティを求めており、フォレット理論は再び求められている。ただし、フォレットは対面的コミュニケーションによる近隣コミュニティや職場状況を想定していたが、グローバル化し情報化した今日においては、コミュニティは電子情報化したコミュニケーションを利用するものとなっている。このことから、交織プロセスのバーチャル化による「状況」掌握の困難さという事態に対して、いかにしてリアリティを確保していくかという新たな課題が課せられるという。
以上、本書のポイントと思われる点を紹介してきたが、要はフォレット理論への関心と、それに基づいて現実に葛藤する管理の場で「統合」を目指してこうとする人々が一人でも増えるように、多くの読者が獲得されることを願うものである。